木に包まれた芯


小学生の頃、先生の話を聞きながら後ろを、ガシガシ。
えんぴつのうしろから「木の 香り」がして、なぜか落ち着いた。
あのころ噛んでいた鉛筆が還暦を迎えているようです。


鉛筆のはじまり

鉛筆の歴史はかなり古く、登場するのは16世紀の頃のイギリス。
ボローデル山で、鉛筆の芯になる黒鉛の発見により誕生します。

当時はまだ、黒鉛を棒状などに切断したりして、
にぎる部分だけ直接黒鉛に紐を巻き付けて使っていました。
その頃のインク式筆記具のように、インクつぼが要らないので、
気軽に線を描くことができるようになった鉛筆はすぐに普及していきます。

しかし、塊から切って使っていたので、黒鉛も不足していきました。
そこで黒鉛を節約するためにも、粉にしたものと粘土を混ぜる方法が生まれ、
現在のもののように木ではさんで固定されたものが現れます。

また、粘土との混合の割合を変えることによって、
芯の濃度が変化するということも発見されました。


日本での鉛筆

日本に残る最も古い鉛筆として、
徳川家康の遺品としてオランダ人が献上したといわれるものが残っています。
また、伊達政宗も鉛筆を使っていたようです。
時期にして17世紀初頭、ということは鉛筆が誕生してすぐに、
日本にももたらされていたようですが、
しばらくの間、上流階級の中での高級品でした。

明治維新後、ヨーロッパの技術を学んできた人たちの指導によって、
鉛筆の生産が本格的に始まり、一般に普及しだしました。

明治20年、眞崎仁六による「眞崎鉛筆製作所」が、
大正2年、小川春之助が「小川春之助商店」を創業します。
現在の三菱鉛筆株式会社と株式会社トンボ鉛筆です。

それまでは、ドイツからの輸入によるものがほとんどでしたが、
開発者たちの努力によって、その品質に匹敵するものも生まれ、
一時は逆に主要輸出品となります。


還暦をむかえた鉛筆たち

時代が昭和に入り、第二次世界大戦をむかえ、
生産は落ち込み輸出はほぼ停止状態に。
その後の戦後の復興とともに、鉛筆も新たな出発をとげます。

なんと終戦の年、1945年には、
トンボ鉛筆から若草色の鉛筆「8900」が一本30銭で発売。
翌年には三菱鉛筆より深緑の鉛筆「No.9800」が一本1本80銭で登場。
その頃の銭湯の大人の料金が90銭の時代の話です。
今の当たり前は、上質な一品だったようですね。

現在私たちがにぎっている両者とも、
パッケージも発売当時とほぼ変わらないまま、
ずっと店頭に置かれ続けています。
その品質から国内での鉛筆のスタンダードとしてはもちろん、
世界的にもベストセラーとなり活躍しています。



もうすぐ春。
今の子供達も鉛筆だこを指につくってがんばっています。

口にくわえる癖は今でもなおらないけれど、
鉛筆をしっかり削って、背筋のばして、
さあ仕事!


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