洋傘の普及
洋傘が日本にきた最も古い記録は1804年に「黄どんす傘」という名で記されています。
しかし、それからしばらく経った明治時代に入ったころの1870年、
大阪府では刀と間違えるので、着用を禁止される法令が出されたこともあるほど、
まだまだ浸透していなかったようです。
国産が始まり、洋傘が一般の市場に出回りはじめたのは、1890年頃。
その後急速に、上海や香港など、隣国の大都市への主要輸出品目にも入っていきます。
大正時代には、モダンなファッションアイテムとして、
ショールと洋傘は定番だったそうです。
その後、レースや刺繍、友禅加工の入ったような派手な物が流行ったり、
晴雨兼用傘が流行ったりといったトレンドがあったそうです。
折りたたみ傘誕生
一方、そのころドイツで、折りたたみ傘が生まれました。
1928年にハンス・ハウプトさんが携帯用の傘として発案しました。
足の悪かったハンスさんはいつもステッキを使っており、
雨の日にはステッキと、傘で両手が塞がって
不便を感じていたところがはじまりだそうです。
1932年その特許を得たクニルプス社は現在も老舗メーカーとして健在です。
1947年頃からそのドイツ製の折りたたみ傘の骨をモデルに、
日本でもいくつかの業者が開発、商品化させました。
真鍮製の大小のパイプがスライドして傘の軸の棒が短くなるもので、
現在の折りたたみ傘の原型となっています。
「なんである、アイデアル」
コンパクトに収まるということが多くの日本人にうけたのでしょう。
新たな素材と技術が次々と生まれました。
1951年ホック式と呼ばれる骨につけられた溝にカチッとはめるタイプのものが登場。
1952年より低価格で防水性の高いナイロン製の生地が開発され、
1954年一回の動作で開閉出来るスプリング式の折りたたみ骨が発明されました。
今では当たり前のこの技術を開発したのが、
植木等さんのコマーシャル「なんである、アイデアル」
で一世を風靡したアイデアル社です。
5秒間テレビCMのインパクトも功を奏して、その人気はうなぎのぼり。
使いやすさから飛ぶように売れ、空前の折りたたみ傘ブームが到来しました。
1960年国産化に成功したポリエステル生地の採用し、さらに丈夫になったものなど。
バリエーションと共に普及が加速していきました。
さらなる使いやすさを求めて
その後も、より軽く、簡単にという素材、構造の改良が重ねられ、
近年、5段式の折りたたみや、ワンタッチでひらくもの、
たたむと、薄い長方形のようになり、鞄の中でうまく収まるものなど。
そして、傘の弱点の耐久性を克服し、
60km/hの風でも壊れないといったものまで出てきています。
今日は雨が降りそうかな、
って時に鞄にあるのはちょっと心強いですよね。
